ブラック企業と口にする自分こそが「ブラック社員」になっていないか

Story.12

ブラック企業の定義とは

最近、「研修が無い」から、「残業が多い」から、「ホームページが無い」からブラック企業だと言う相談者が続出しています。

研修や残業の有無など、人によって「働きやすさ」が違うのに、「ちゃんとした会社はホームページ【ぐらい】あるもの」など何の根拠もない自分の想像通や、「【友人の会社は】入社したら最初に新人研修があったけど、私の会社にはないから」と他の会社と比べて、不足していると「ブラック企業」と簡単に口にして辞めてくる方が爆増しています。

正直、会社からすると、自分の思い通りではないからブラックと言うような「ブラック社員」は、うちではなく他所の会社で迷惑をかけてくれと思っているので、辞めてももらった方が助かります。

さて、(公務員など特殊な職業を覗いて)会社には労働基準法や労働衛生安全法など、順守しなければならない法律がたくさんあります。
そして、その法律は「会社を運営していくうえで最低限守らなければならない法律」であり、ブラック企業とは、その「最低限」守らないといけないことが守れない会社のことです。

例えば「残業が多い」ことが嬉しい人もいますし、「残業が多い」こと自体は36協定(厚生労働所のホームページですが、36協定について分かりやすいページが見つかりませんでした。)に違反しなければ問題ありません。
※ちなみに、36協定の「36」ですが、残業に関わることなので、なんとなく労働時間に関係していると思っている方も多いのですが、実は労働基準法 第36条に記載されていることから36協定と呼ばれています。

勿論、時間外の労働時間に対して賃金が支払われないことや、法定外労働時間に対し割増賃金を支払泣ない会社は「ブラック企業」と呼んで差し障りないでしょう。

人と言うのは不思議で「年次有給休暇」が年間200日(年間休日を合わせると出勤日はほぼ0日)あったとしても、不満を持って辞めていきます。
働いたことのない方には想像できないかも知れませんが、離職して暫くは気持ちも楽になり時間が自由に使えることが幸せなのですが、ひと月、ふた月と働いていないと「働きたい」と思うようになります。

これは、以前の記事にも記載したアブラハム・マズローの自己実現論において、働いているときは「社会的欲求」が満たされている状態であり、高次の「承認の欲求」を満たしたいと思います。
しかし、仕事を辞めて当座の生活費がある場合や、先ほどの年次有給休暇が200日ある場合などは「安全の欲求」は満たされていても「社会的欲求(社会に必要とされる、誰かにとって必要とされる)」が満たされなくなります。そのための「社会的欲求」を求めて、転職するようになります。
※アブラハム・マズローの自己実現論については下記記事を参照してください。
雇用形態と評価とのジレンマ

ブラック社員とはクレーマー以外の何者でもない

ブラック社員とクレーマーの共通の心理状態は、「自分が正しい」前提であり、「自分が気に入らない」から、「自分が納得いかない」から、「周りが自分に合わせろ」という極めて尊大で自己中心的な状態に陥っています。

これは、Life Craft Worksとは、でも記載しているアグレッシブな心理状態に他なりません。
Life Craft Works とは


クレーマーは「自分が正しい」「店員が悪い」前提でしか一方的にものを言わないので、会話ですらありません。
ただ、自分の不満を解消したいだけで、自分の主義主張を一方的に伝えているだけです。
そして、相手が謝っても「謝り方が気に入らないとか」「対応が悪いとか」さんざん相手を罵り、相手のみじめな姿と見てやっと溜飲が下がり「許してやるわ」とどもまでも身勝手な、自分の感情もコントロールできない品格の低い人間性をさらけ出すのです。
品格が低くくだらない人間だから、相手を自分より貶めなければマウントが取れずに自分の立場が確認できず安心できないのです。

これが、会社となると若干違ってきます。
何故なら、自分自身が強い立場でマウントが取れないからです。だからこそ、社内では不満だけを溜めて、自分を正当化する適当な単語として「ブラック企業」という単語を使い、家族や友人、キャリア支援者に「如何に自分の考えが正しく、会社の制度がおかしいかを主張する」のです。

同様の話で、上司に叱責されると「ハラスメント」という単語を口にする方もいます。叱責や注意だけでは「ハラスメント」にはなりません。

勿論、「残業代が支払われない」「叱責ではなく恫喝になっている」など、実際に法令に触れる行為についての相談も多くありますが、この記事の対象はあくまでも「自分がどう思うか、どう感じたか」という自分自身を正当化する(正当化していることすら気づいていない)「ブラック社員」に限った話です。

法律は何のためにあるのか

日常のあらゆる場面で、人が2人以上いると「価値観の相違」が起きます。つまり2人の「普通」の違いが起きます。

心理学の古典には「1本薔薇と2人の人間がいると、そこには3本の薔薇がある。1本は「事実の薔薇」、残り2本は薔薇を見た人間の「真実の薔薇」である」という言葉があります(言い回しはうろ覚えです)。

多くの人は自分自身の「真実」が「事実」だと思い込んで話をする傾向があります。そのためお互いが自分にとっての「真実」が「正しい」前提で、自分の言っていることが「普通」であり「当たり前」であると、疑いすら持ちません。

そして、自分の「普通」や「当たり前」を理解しないと、「こんなこと普通でしょ?なんで知らないの?」「こんなこと当たり前でしょ?なんで出来ないの?」と、まるで、世の中のすべての人が自分の「普通」や「当たり前」を共有していて、そうでない相手は「非常識」であるかのような物言いをします。

「普通」とか「当たり前」と言う言葉は、無自覚に相手を責め、自分に合わせろと言う命令に他なりません。
自分の「普通」や「当たり前」が世の中のスタンダードだと思っている方こそ「非常識」極まりないのではないでしょうか。

さて、このように「普通」や「当たり前」は、人の数だけ存在します。それぞれが自分の「普通」や「当たり前」を主張し始めたら集団生活を送ることは不可能です。

つまり、自分たちの「普通」や「当たり前」は、「真実の薔薇」であり、「法律」や「規則」が「事実の薔薇」になります。

各々が好き勝手に主張に従うのではなく、「日本に住むなら日本国憲法(その他法律)を守りなさい」「(会社を運営するなら(働くなら)労働基準法や就業規則を守りなさい」「実家に住まわせてもらっているなら家のルールは守りなさい」としているのです。 ※当然、ローカルルール(就業規則や家のルール)が、法律を犯してはなりません。

そして、日本の法律が嫌なら国外に籍を移して、その国の(自分にとって不条理なことも含めて)法律に従えばいいし、会社に不満があるなら転職するか独立すればいいし、【いい年して】実家で世話になっているのに両親への不満を言うのであれば、一人暮らしをすればいい。

その場所に居ることによるメリットも享受しているのに、不満だけを口にするなんてカッコ悪い生き方の代表だと私は思います。

結局「ブラック社員」「ブラック国民」「ブラック家族」「ブラックPTA」「ブラック○○」などは、何らかのコミュニティに属すと一定の割合でいる「人が作り維持してきた場所なのに、自分の思い通りにできないと気に入らない残念な人(しかも自分が正しい前提でしかものを言わないため会話にすらない迷惑行為者)」でしかありません。

私は、社会人になるとは「自立」することと同義であり、「自律」するとは大人になると同義であると思います。

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